院長の感ずるニュース
2017年04月03日
現代型資本主義の終わりをー感ずるニュースばかりです。
次は、一体どんな時代が、来るのでしょうか?


2017年04月03日
現代型資本主義の終わりをー感ずるニュースばかりです。
次は、一体どんな時代が、来るのでしょうか?

2017年02月02日
最近、雪また、雪で、1月は、売り上げは減収、
2年に、いっぺんの医療改正、
待ったなしで、経営者としての、悩み多き、仕事を、終えて、
風呂の、あかりを、消すも、また、湯が、ゴロゴロ、と、流し去る、音も、物悲しい

2016年12月14日
いつも若いと思っていたら、
突然木から落ちたり、転んだり、
若い頃の自分ではないと自覚する〜
そして、無理な、行動、日程は慎む。

2016年10月24日
往診先の大浦勝鬨さん。
石ぶえの世界的な名手で、外国のユーチュブにも紹介された神主さん。
いつも往診するたびに、語りと、奥さんからのお菓子をもらう。

2016年07月28日
日医のいう、かかりつけ医機能制度と、
日本専門医機構の総合診療専門医との整合性について、
考え方が各医師によって様々で、いつもその間のジレンマを感じている。

2016年06月18日
土曜日に大阪に帰り、地下鉄の駅を降り、また歩くと、いい運動になり、
大阪駅に降り立った時の人の群れの中で、
何かざっとシャワーを浴びたような爽快感を、味わいます。

2016年04月19日
いよいよ、総合診療医としてのスタートをきりました。
日本専門医機構が研修プログラム内にある施設及び医師として、
予備申請を本申請と認められて、指導医としての認定がスタートしました。
書類の不備がないかを、チックしています。
いよいよ始まります。

2016年01月08日
私は、勤務医時代、大阪の堺市に住んでいた。
しかし開業を境に、この丹後地域の与謝野町に診療所をかまえた。
最初は、阪急バスで、バス停で、つったっている私を何度見たという患者さんがいた。が最近なってJR福知山線に乗り、大阪へ。実家に帰る毎週、金曜日、午後診終了後である。
福知山線では、時々アナウンスが流れ「菅内で、小動物と、接触しましたので、10分遅れです。とか、「余部橋梁で、風のため20分遅れです。」とかいうアナウンス。
昨年10月31日381系の特急こうのとりが引退し289系に乗る。7時26分発夜、大阪へ。
そのまま新地や心斎橋京橋のお店のグルメ。
毎週ごとに、金曜日から土曜日にかけて、小旅行はつづく。

2015年12月10日
ようやく、与謝野町も、紅葉が見頃です。
近くのロッジ風
店主は、胃がんを、克
ようやく冬支度が始まりました。

2015年11月09日
旅行
旅行は、出発する前の準備に大きな楽しみがある。
旅行カバンに、いろいろなものを詰めながら、現地は寒くはないか、
雨は降らないか、あの列車は目的地に着くまで退屈しないか、何か本はいらないか、
現地のホテルのロッジの椅子は座り心地がいいか、といろいろ空想することから、
“旅行”は始まる。
ある年の7月、上高地に旅行に立つ前日だった。私が午前の外来診療をしていた時、
誰かが「事務長さんが骨折した」と―。右足の三果骨折だった。
犬の鎖を握ったまま、車の開け締めをしていて、砂利に足を取られた。
そのまま、「どっすん」と転倒骨折した。ナースが、彼女を乗せて北部医療センターの救急に連れて行った。
この瞬間に私の空想から始まる“旅行”は、見事に終わりを告げた。
事務長、つまり妻と二人で上高地に行く予定であったのだ。もはや旅行どころではなくなった。
長女がかけつけた。長女とともに長い入院生活を案じた。
妻とは、勤務医時代―イタリアやフランス、ドイツ、カナダ、アメリカ、香港、オーストラリア、ニュージーランドと
世界各国を旅した。散々愚痴を言われながらも、同行してくれた。
なにしろ、私も66歳である。そうそう1人で旅行どころではない。妻は病院で手術後、
転院してリハビリに明け暮れる毎日で、大阪に帰ってしまった。私は金曜日、福知山から電車で大阪に帰った。
ほぼ2ヵ月で彼女は運転できるまでに回復した。まったく「一寸先は闇」である。
毎日毎日診療しているが、天国と地獄はほんの瞬間に訪れる。そんな気がする。
京都医報 平成27年11月1日号掲載

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