院長の母
2013年10月15日
私の母の父である山崎平次が町長時代、 京都府立医大病院に入院した時に 担当医であったのが私の父の木村浩である。 「私の娘をもらってください」そう病床から父に声をかけた。 その後、母は父と結婚した。 母の言葉はいつも 「どんな嫌な事があっても物は捉えようです」 「今現在、持っている物を大事にせよ」 「偉くなる人程、頭(こうべ)を垂れる」 「常に謙虚でいなさい」 と私に語りかけた。 死ぬ間際まで「進歩を忘れない様に」と言っていた。 一つ一つの言葉が今も私の心に生きている。