京都医報 平成27年11月1日号「私の趣味」にコラムを掲載
2015年11月09日
旅行
旅行は、出発する前の準備に大きな楽しみがある。
旅行カバンに、いろいろなものを詰めながら、現地は寒くはないか、
雨は降らないか、あの列車は目的地に着くまで退屈しないか、何か本はいらないか、
現地のホテルのロッジの椅子は座り心地がいいか、といろいろ空想することから、
“旅行”は始まる。
ある年の7月、上高地に旅行に立つ前日だった。私が午前の外来診療をしていた時、
誰かが「事務長さんが骨折した」と―。右足の三果骨折だった。
犬の鎖を握ったまま、車の開け締めをしていて、砂利に足を取られた。
そのまま、「どっすん」と転倒骨折した。ナースが、彼女を乗せて北部医療センターの救急に連れて行った。
この瞬間に私の空想から始まる“旅行”は、見事に終わりを告げた。
事務長、つまり妻と二人で上高地に行く予定であったのだ。もはや旅行どころではなくなった。
長女がかけつけた。長女とともに長い入院生活を案じた。
妻とは、勤務医時代―イタリアやフランス、ドイツ、カナダ、アメリカ、香港、オーストラリア、ニュージーランドと
世界各国を旅した。散々愚痴を言われながらも、同行してくれた。
なにしろ、私も66歳である。そうそう1人で旅行どころではない。妻は病院で手術後、
転院してリハビリに明け暮れる毎日で、大阪に帰ってしまった。私は金曜日、福知山から電車で大阪に帰った。
ほぼ2ヵ月で彼女は運転できるまでに回復した。まったく「一寸先は闇」である。
毎日毎日診療しているが、天国と地獄はほんの瞬間に訪れる。そんな気がする。
京都医報 平成27年11月1日号掲載