院長のブログ

院長と阪神タイガース

2013年12月26日

hanshin私はもともと育ちが大阪で、阪神タイガースのファンである。
昔、小学校2年生の頃に父の医院でとっていたスポーツ新聞をいつも見ていた。
そのスポーツ新聞を子供ながらどきどきして愛読していた。

「昨日、阪神勝ったかなぁ?」と新聞にかじりついた。
「あっ!!また負けてる!!4対2で国鉄スワローズの勝ちや!」
「なんて事だろう、これで阪神3連敗。まったくいつまで阪神は負けるんやろうか!」
「これじゃ今シーズンも全く優勝はとても無理や!」

子供ごころにまるで自分の成績がオール3のような錯覚であった。
錯覚というよりもオール3以下の落胆ぶりだったことを覚えている。

64年間も生きてきて阪神はリーグ優勝たったの5回。
日本一はたったの1回。
これでは阪神に見切りをつけるのも当然。
この頃は開業医生活が忙しく、毎日の点数集計の日々と診療のミステイクが気になって、
とても阪神どころではない。

ややくずれた運転手のBさん。
「先生、スポーツ新聞で阪神の結果が気にならない?」と私に尋ねる。
私は「ぜんぜん」と。

事実この頃は阪神の結果について全く意識下には入らない。
全く気にしていないし、負けたといっても落胆はしない。

「もう私は阪神卒業や!!おめでとう!!!」

そう自分で自分の心にひそかにつぶやく今日この頃である。

院長と大江山

2013年12月17日

院長の周りには大江山があり、
冬になれば12月中旬には雪が白く斑点状に散在する。

その山の緑は8月から11月下旬までにさまざまの色調に変化する。
11月中旬からはイエロー、オレンジ、褐色、さらに深い黄金色へと
その木々が山々の体色のごとく変化していく様は、時に都会で育った私には実に興味深い。

前立腺を患ってハルンパックを持ちながら運転手のAさんと
アメリカンスタイルの喫茶店から大江山の麓の双峰公園へ。

ロッジ内の掲示物を見て落ち葉をとり
「そうや。もう私の開業7年目。やっとこの地に足場が固まった」。

ロッジの外の木々も「もう冬場に備えろ!」と急に冷たい風が吹く。
その後、また再びしとしと振りだした雨。

Aさんと医師の医学生、大学院生、そして専門の医師へと育っていく学生の様子と
卒業試験のテーマに語り合った。Aさんにとってそれは苦労か?

Aさんは高校卒業後、大学の入学も親から許されずに働きに出た。
Aさんが運転手として実に良く私をサポートしてくれる。

しかしAさんにとって、そんな医師の話はどうでもよいのかもしれない。
はっと我に返った時にはクリニックに着いていた。

american

院長が変わった?

2013年12月17日

私はこの9月下旬に大阪心斎橋でヘアピースを買った。
カツラは鳥越キャスターや筑紫キャスターの様なスタイルでシルバーではなく黒。
森進一風の髪型である。

患者さんは「院長が交代した」とか「若返った」とか巷の噂。
車の助手席に座ってて、あつらえたヘアピースを着用して車から降りると
二人の老婦人が「あれは誰?もしかしたら院長交代したの?」

それ程若返ったか。診療室の椅子に座り、前面の鏡越しに見ると
「やっぱり60歳台だなぁ」とためいき。

開業当日の夫婦2人の写真を大きく立てかけて、
その写真のバックには木村内科クリニックの表札の文字。
大きく白いライトで机上に輝かせ、前にはiPadを置き、右側には帽子がある。
右側の白い壁には、認定医と認定指導医の額が品良く飾ってある。
机の右側には京都府から補助金を受けたCR-レントゲンのブラウン管。
その前には循環器科の医師が主として愛用している聴診器が荒々しく置いてある。

とある患者さんは院長が変わったことよりも、
この診療室の「模様替えをしたのですか?先生」と。

12月を半ばでインフルエンザワクチンを注射しながら、
明日の往診の患者さんの名前をチェックする。
そうこうしているうちに6時がきて、
時計がその時刻をクラシックメロディとともに告げる。
何も変わっていない。院長は院長。
「やっぱり明日、往診の途中に本屋で週刊誌でも?」
「往診の途中に喫茶店でコーヒーでも?」
ほんの息抜きが毎日の活動源になる。

やっている事はこの1年何も変わっていない。

desk

院長の携帯がない!!

2013年12月16日

私は在宅主治医として約57人位の在宅患者をもっている。
その時必要とするのが私の携帯である。

「あっ 先生ですか?今大阪ですか?」
「私は今顔がむくれて頭がくらくらして!!」
「あっ 先生ですか?私は今熱が出て眼がくしゃくしゃに…これって風邪ですか?」

時々大阪にいる時(土曜日)こんな電話でクリニックから転送して携帯にかかってくる。
私はそこから7時頃に車で与謝野町に向かいます。

車は一路舞鶴若狭道。
北へ北へ。雪の時は検問でスノータイヤかどうかいちいちチェックされる。
北へ向かいます。
北へ。山を越え、また山を越え、約4時間半車の中。

その時、時々車の中に「携帯がない!!」

困った。堺の自宅に忘れてきたか?
時々患者さんの暖炉の下にゴロリと落ちたまま私のもとに帰らないこともある。
携帯は私の命。命。大事な命である。

大阪の北新地で家内とはぐれた時も携帯がない!
おまけにコンタクトも落とした!!
もう何も見えない。困った。困った。

院長とバルセロナ カタルーニャ音楽堂

2013年12月16日

写真カタルーニャ音楽堂の赤い椅子に座りたい。

家内のいとこ(58歳・写真右)は、エリザベス女王とも一緒にテーブルを囲んだり、ダイアナ妃の父親から銅製皿を貰ったことがある。乗馬でオリンピック選手となり、日本、スペイン、欧州各地に乗馬の教室を開いてる。

家内はこのスペインのいとこの実家で約10日間滞在した。
私の次女も同伴し、乗馬のトレーニングを受けた。
ガウディの建築作品群があるスペインのバルセロナ。
とにかく私は、その市内にあるカタルーニャ音楽堂の赤い椅子に座りたい。
それが一生の夢である。

カタルーニャ音楽堂は、おそらく赤づくめの豪華な音楽堂で、スペイン各地から、また、ヨーロッパ、そしてアメリカから数々の音楽の天才達がやってきて、その生き血を奏でた場所がある。

フライトの時間は約10時間以上、17時間か?
とにかく疲れるらしい。

京都府与謝郡与謝野町 内科・消化器内科・小児科・心療内科  木村内科クリニック

京都府与謝郡与謝野町 内科・消化器内科・小児科・心療内科  木村内科クリニック

木村内科クリニック

全日本病院協会 準会員施設
日本病院総合診療医学会認定施設
地域包括医療・ケア認定施設

診療科目

内科、消化器内科、小児科、心療内科、
精神科、リハビリテーション科

所在地

〒629-2404
京都府与謝郡与謝野町後野
643-7

TEL:0772-43-2134
FAX: 0772-43-2134

  • 北丹後鉄道「野田川駅」より
    車で約10分

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