院長のブログ

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院長と料理人

2015年08月21日

寿司職人の大将が、祇園のイタリア料理店を紹介してくれました。
大将の知合いの芸人、鶴瓶師匠や、東京まで行ってタモリさんに、声をかけられた話、
芸人のくせなどを我々に、おもしろおかしく話してくけました。
 
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院長と祭り

2015年05月11日

祭りをやって来た。
堺市の布団太鼓ではない!それは、加悦谷祭りの子供歌舞伎である。

この地域に古くからある祭り。
ちょっと泉州の祭りとは違って上品でおとなしく、そしてお捻りが乱れ飛ぶ。
やっぱり京都らしさか。

蒲団太鼓が喧嘩して血を見ることは・・・まずないか!

 

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院長とアルコール

2015年02月19日

私は決してアルコール依存症ではない。

がしかし、周りの男性の中で毎晩ビールや日本酒を飲むという人たちが多い。
その人達は全てアルコール依存症か?それは程度問題としか答えられない。
毎晩大酒を飲む人は確かにアルコール依存症である。

私は4日間アルコールを一切断った。

4日目は身体が軽く、しかし、3日目晩には少し落ち込んだ。それも精神的に。
5日目の本日は極めて快調である。

少しは私もアルコール依存症か?

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院長は越年を覚悟

2014年12月26日

この11月に神戸港に行った。
客船でのコンサートと食事の旅。1時間半かけて明石大橋をバックし帰って来た。

神戸を歩いていると、もう本年も終わり。
今年度のクリニックの集計と成績も来年度に越年する。
総合診療医の件も来年に越年を覚悟する。

今年も終わった。

 

写真

院長と経営

2014年10月08日

クリニックを経営していても、いいことばかりは続きません。
時には病気になり入院する。そんな事もあります。
事務長(妻)が右足首の三果骨折の為に入院しました。
妻のリハビリ生活は長く、今も続いています。

応援してくれている近所のリハ師が、
宮津ロイヤルホテルで妻の退院祝いをしてくれました。

その時、私はこの写真を撮影しました。

 

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私の趣味 いざグルメ道への邁進

2014年08月20日

私は学生時代から勉強好きだったので、よく周りの人たちから「あなたの趣味は?」と聞かれた。そんな時に母が横から「スポーツ観戦やなあ!!」と皆に説明していた。確かに無趣味に近い部分があったが、年を重ねるにつれ、やれ旅行だ写真だボーリングだ随筆にフォトレターだと多趣味になっていった。

なかでも、無類のグルメ好きで、ホテルニューオータニ大阪のお披露目では、
祇園さヽ木の大将に招待された。

幼き頃、祖父(初代宇治市長)が宇治川で船遊びに出た際、同乗した尾形船の鵜飼の松明の光は、今でも私の記憶に鮮明に残っている。その時に感じたことは、宴の楽しさである。人々の顔はほころび、笑い、時にさけび、また時には三味線が奏でられる。幼少ながら高揚していた。

時は移り、クリニックを開業してから。今では北新地、堂島、ミナミ、祇園に繰り出し、ミシュラン一つ星、二つ星の店や、タレント・芸人、プロ野球選手、医師等が通う店に、金曜日の外来を終えてから繰り出す。向こうには何かわくわくする宴ショーが待ち受けているのではと思うと、ストレスがすべて身体から抜けていくのを覚える。これこそ最大の趣味、それがグルメである。

大将と私と二人で、ポーズをきめ写真を撮る。それをFacebookに載せる。
時折、山々、川谷の風景や、ビルディングの谷間を写真に撮ってコメントをする。
それも趣味の一つである。

その根底にあるものは、飽くなき探求心である。
私は常に何かを発見するガリバーなのかもしれない。

 

京都保険医新聞 平成26年8月20日 第2902号掲載

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院長とファッション

2014年06月23日

私は最近、阪急メンズショップのある店に通うようになった。
そのショップは、カラーにこったデザインが豊富である。
これはアメリカンスタイルというのだろうか?あるいは、ニューヨーカーデザインか?

もともとファッションにくわしい訳ではないのだが、
ファッションにこりだしたのには理由がある。

それは30才代、まだ勤務医の頃だった。

ある病院の事務員にこう言われたのだ。
「先生!!ドクターらしく、ぴっしりと決めてくださいよ!!」
それ以来、私はファッションに気を付けるようになった。

年齢を重ねるに従って、服装が派手になっていく。
それはファッションが段々アメリカナイズされてきたからだろうか?

はずかしげもなく、申し訳ない。

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院長は父を超えられるのか?

2014年06月11日

私の父は、中国大陸の戦地で軍医として戦った。
また、堺市で開業後、国民皆保険の創設の為に
日本医師会の医師達と集まって国に訴えた。

父は、この地で開業をほぼ45年間つづけた。
私はまだ開業7年が過ぎた時期で、やっとこの与謝野町に根差し始めた今日この頃。
父は医学書出版の金芳堂より、無料で木村浩として紳士録にも掲載された。

その父を超えるには?

私は現在65歳。しかし、父を超えたい!!
それは現実に思うことであり、父も私が幼少の頃から願っていたことだ。
そして私は常に努力し、今日よりは明日を目指している。
いつか、いつか・・・。

父の堺市の開業地が私の堺の実家である。

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院長と学会

2014年05月26日

先日は学会のため午後から新幹線で岡山へ。

学会場に入れば、どこかで見慣れた医師達が何やら集って情報交換、
ポスター会場やら各セクションの会場をぐるりとしメイン会場へ。

徐々に徐々に席は込みだし今年は大盛況で、
1時間前からメイン会場はざわざわし始めた。

演者はアメリカの教授。
「学会場にいらっしゃったなら全員参加!」と
ロールプレイを要求しだしてきた。

ただでは聴講させないぞ!とのことだろうか。

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院長と喫茶店

2014年05月09日

私は大学生の頃、よく喫茶店をはしごしてまわって勉強した。
私の友人A君は帝塚山にあるとある喫茶店で
有線のミュージックを聴きながら勉強していた。

彼は近くのアパートの2階に住み、親元から離れて下宿生活をしていた。
男の身なので彼宅をのぞいてみると、本やコップ、ヤカンなどがゴロゴロしていた。
そんな生活であるから、このさっぱりとしたモダンな喫茶店の店主に場代を払って勉強していた。

私はといえば、堺区の周りの喫茶店をはしごし、医学書を勉強していた。
40年ぶりに堺区にあるとある喫茶店に行ったら
マスターが「あ!あの時の医学生!!」と私に…。

私は今、与謝野町与謝にある「モック」という
アメリカンスタイルの喫茶店によく出没する。
モックのマスターと撮った写真がこれである。

20140509

良くも悪くも一生もっている「くせ」は変わらない。

京都府与謝郡与謝野町 内科・消化器内科・小児科・心療内科  木村内科クリニック

京都府与謝郡与謝野町 内科・消化器内科・小児科・心療内科  木村内科クリニック

木村内科クリニック

全日本病院協会 準会員施設
日本病院総合診療医学会認定施設
地域包括医療・ケア認定施設

診療科目

内科、消化器内科、小児科、心療内科、
精神科、リハビリテーション科

所在地

〒629-2404
京都府与謝郡与謝野町後野
643-7

TEL:0772-43-2134
FAX: 0772-43-2134

  • 北丹後鉄道「野田川駅」より
    車で約10分

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